2013年3月17日日曜日

オーケストラの“対向配置”


20121130日の京都市交響楽団第563回定期演奏会は、プログラム前半がブラームスのピアノ協奏曲第1Op.15で、後半はラヴェルの「優雅で感傷的なワルツ」、「ラ・ヴァルス」、「ダフニスとクロエ」組曲第2番でした。

この演奏会が興味深いものとなったのは、オーケストラを“対向配置”で演奏なさったという点です。
“対向配置”というのは、基本的には、第1ヴァイオリンがステージに向かって左側、第2ヴァイオリンが指揮台を挟んで右側に配置されるものです。同じ対向配置であっても、ヴィオラとチェロ、コントラバスの配置にそれぞれ違いがあります。

京響の通常の配置では、第2ヴァイオリンは第1ヴァイオリンの奥に配置され、指揮台の右側にはヴィオラが配置されています。通常の現代配置(ストコフスキー配置)でのヴィオラが右前に配置されるパターンです。

音楽史的には、ブラームスの時代には“対向配置”で演奏されており(ブラームスだけでなく、古典派からロマン派の時代の大半もそう)、“対向配置”を意図していると考えるとすっきり理解できる工夫が、彼の管弦楽作品に多くなされています)。

ブラームスの交響曲については、アーノンクール/ベルリンフィルの全曲演奏が対向配置で演奏されCDに収録されたものです。

作品を分析すれば、“対向配置”で演奏するのがごく自然な帰結なのですが、現代配置に慣れた交響楽団では、“対向配置”にするのが少し困難なのかも知れません。

当日のブラームスの管弦楽演奏は、“対向配置”の演奏を生で聴くまたとない機会でした。第1、第2ヴァイオリンのやりとりは、想像していた通り、とても新鮮かつ自然に聴くことができました。楽団員の皆様の才能とご努力の成果でした。

この“対向配置”で2つの新しい発見がありました。
1つは、ヴィオラが弦楽合奏の中にうまく溶け込んでいながら、同時に、重要なパッセージではその役割と存在感を十分に発揮していたことです。

2つめは、後半のラヴェルについても、配置がそのままでしたので、フランス近代音楽作品を対向配置で聴くことができたことです。
対向配置を常用するいわゆる“古楽演奏団体”は(ミンコフスキーは別として)、フランス近代音楽をあまり演奏しませんので、対向配置で聴いたのは、CDを含めて初めてでした。

ウィーンフィルやベルリンフィルでは、“対向配置”を必要に応じてごく自然に行っています。BSの放送を聴く機会がこれらの交響楽団では多くありますので、容易に確認できます。日本でもいくつかの交響楽団が試みているようです。

ブラームスの交響曲と“対向配置”との関係については、後でまとめます。

2013年3月9日土曜日

二つのK. 314番協奏曲


モーツァルトのK.314には、ニ長調のフルート協奏曲第2番とハ長調のオーボエ協奏曲があります。この2つの作品は、ソロパート、伴奏パートのごく一部を除くと、調の違い以外はほとんど同じです。モーツァルトにオーボエ協奏曲があったことはモーツァルトの書簡からわかっていましたが、具体的な楽譜は見つかっていませんでした。そのため、旧モーツァルト全集(MA)ではフルート協奏曲しかありません。しかし、1920年にオーボエ協奏曲のパート譜の筆写譜が発見され、ハ長調のオーボエ協奏曲が新モーツァルト全集(NMA)に掲載されることになりました。

この2曲はいずれも、初期の演奏などについての詳しい情報がありませんが、総合的に判断すると、次のような経緯になります:
1777年ころマンハイム=パリ旅行の前、ザルツブルクを訪問していたベルガモ出身のオーボエ奏者ジュゼッペ・フェルナンデスのために作曲し、その後マンハイムに到着した時点で、同地に滞在していたフルートのアマチュア愛好家フェルディナン・ド・ジャンの依頼でフルート協奏曲を作曲した際、1曲オリジナルに作曲したが(第1番)、もう一つについては、オーボエ協奏曲を移調したものに少し手を加えたものにした(第2番)。それを知った依頼者からは、報酬を半減された。

モーツァルトと父との往復書簡を検討すると、上にあげた経緯はかなり確からしく思われます。

つまり、原曲はハ長調のオーボエ協奏曲であって、それを長二度移調したものに少し手直しを加えたものがニ長調のフルート協奏曲第2番ということになります。

移調の際にどのようなことが生じたのか、7677小節の伴奏第1オーボエパートで見てみましょう。



 一番下の楽譜が、オーボエ協奏曲のオーケストラのオーボエ1です。これを単純にニ長調に長二度あげると、真ん中の楽譜になります。ここで演奏上の問題になるのが、ピンクで示したDisE2つの音です。この2つの音は、普通のオーボエ奏者には演奏できない高さであると思われます。

管楽器で演奏できる最高音域は、同じ楽器であっても演奏者の技量により少し違いがあります。
その音域の上限についてまとめたのが下の図です。



現代のオーボエでは、GまたはAまでが一般に演奏限界とされていますが、モーツァルト時代には、D音が一般奏者の演奏できる最高音と理解されていたようです。これは多くの作品で、高音限界がDであることからわかります。
ちなみに、モーツァルトの時代に、オーボエのヴィルトゥオーゾとして名を馳せた人にルートヴィヒ・アウグスト・ルブラン(Ludwig August Lebrun)がいます。彼は演奏だけでなく、作曲もしており、その中にオーボエ協奏曲が6曲あります。その中で楽譜を入手できたものから、オーボエソロの最高音を探して見ましたところ、一般の演奏者の最高音からさらに三度高いFまで書かれていました。

ここで、もう一度、モーツァルトの楽譜に戻ると、真ん中の段に示した単純に移調しただけの楽譜では、名手なら演奏可能だが一般のオーボエ奏者には演奏できない範囲の高さの音が生じることになります。
管弦楽団のオーボエ奏者にそのような音域の演奏を求めることはできませんので、一番上にあるような途中からオクターブ下げるように実際のフルート協奏曲の楽譜はなっています。
つまり、オーボエ協奏曲の原曲があって、それを長二度上げると、伴奏オーボエに一部演奏できない音が出てくるので、オクターブ下げる手直しをしたという作曲の経緯が浮き彫りにされたことになります。このようなオクターブ下げの処理は数カ所で行われています。いずれも、音域の制約を考えなければ、オクターブ下げないほうが自然な流れの箇所です。

この7677小節では、オクターブ下げたことで、ちょっとおかしいことが生じました。それは、第二オーボエのほうが第一オーボエよりも高い音を奏する部分が生じたことです。モーツァルトでもハイドンでも、基本は、第一楽器のほうが第二楽器よりも高音を奏します。ごく一部に音の高さが逆転する場合もありますが、ここの高さの入れ替えは少し不自然に感じます。

さて、一般のオーボエ奏者の最高音はDまでだと書きましたが、いろいろな楽譜を検討してみますと、例外がありました。
時期がとても近い作品である「パリ」交響曲K.297ニ長調では、第一オーボエに1カ所だけEの音が使われています。
また、ハイドンの交響曲第100番「軍隊」ト長調にはE音が、第102番変ホ長調にはEs音が使われています。
モーツァルトもハイドンも作曲の際に演奏する団体の構成や技量を考慮しながら作曲していますので、当時有数の交響楽団が揃っていたパリやロンドンでは、腕の良いオーボエ奏者がいたのでしょう。

最後に、モーツァルトがオーボエ奏者ジュゼッペ・フェルナンデスのために作曲したというのが本当であれば、ジュゼッペ・フェルナンデスは、他のオーボエ奏者よりも高い音を出すことを売り物にしていた奏者ではなかったと推定することができます。オーボエ協奏曲のオーボエの最高音が、ソロと伴奏ともに、その当時の一般のオーボエ奏者が演奏できる限界のD音だからです。

それから、ハ長調のオーボエ協奏曲をフルート協奏曲にするのになぜ長二度あげたのかということについて疑問に思いますが、先ほど紹介したルブランの協奏曲に、同じ曲をフルート独奏用とオーボエ独奏用にしたものが2組あり、いずれもフルート協奏曲のほうが長二度高くなっています。つまり、オーボエソロとフルートソロで同じ輝きなどを表現するには、フルート曲では長二度高いほうが良いとモーツァルトやその当時の作曲家が見なしていたものと考えられます。

現代のオーボエでは、オクターブ下げをしなくても交響楽団で十分演奏できる音高なのですから、フルート協奏曲のオーボエパートでは、オクターブ下げをなくす演奏というのが、むしろモーツァルトのイメージした音楽に近いのかも知れません。



2013年3月8日金曜日

はじめに(テストをかねて)


このブログでは、クラシック音楽(主にバロック音楽、古典派音楽、ロマン派音楽、フランス近代音楽)の諸作品の簡単な作品分析を行います。

始めるにあたって、注意点をいくつか:
クラシック音楽の作品に対しては、多様な受け取りかた(解釈や思い入れ)があります。ここに書いたことで、特定の聴き方だけが正しいなどと主張するものではありません。多様な聴き方があることを十分承知した上で、作品分析から見ると、新しい解釈や見方ができるということを提案するもので、それによって一部の皆様であっても、作品理解の幅が広がるように感じられれば幸いです。

演奏家を紹介することがありますが、その演奏家の演奏が一番良いと言っているわけではありません。演奏家の好き嫌いに関しては、このブログのテーマではありません。

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