2014年12月31日水曜日

Too many notes! ウィーン古典派オペラ考 Part 3


この作品を聴いてわかることは、よく似た旋律が反復されていることがとても多いことです。それを、分類すると、以下の4つのような特徴になります。

特徴1    旋律の再利用
特徴2    旋律の繰り返し(リフレイン)が極めて多い
特徴3    輪唱形式の多用
特徴4    この当時やイタリア・オペラなどで定式化されているパターンを使っている。

まず、特徴1について
これには全く同じ旋律、歌詞を複数回使うものが、このオペラの中で2曲あります。加えて、歌詞や状況が異なる2つの曲なのに、旋律はよく似ているものもあります。その例が第1幕第3場の三重唱"Perchè Mai Nel Sen”と、第5場のアリア"Più Bianca Senza Core”です。

1幕第3場の三重唱"Perchè Mai Nel Sen”


 一方、

5場のアリア"Più Bianca Senza Core”

旋律線はとても類似しています。

このように全く同じ曲を使ったり、違う歌詞や内容の曲の旋律の基礎構造を同じものにすると、1つの作品の中で、旋律(およびその基本構造)が何度も繰り返されることになり、聴衆としては、すでに知っている旋律を聴いているような感覚になります。

次に、特徴2である、旋律の繰り返しが多い点については、第1幕第8"Lilla Mia Dove Sei”で示すことができます。

1幕第8場カヴァティーナ"Lilla Mia Dove Sei”


Aの旋律が単純に反復され、Bが反復されるという、旋律の反復の繰り返しが続いています。


モーツァルトなら、反復ではなく、変奏に持ち込むところだと思います。

次に特徴3 輪唱(カノン)が多い点ですが、これは、特徴1で紹介しました第1幕第3場の三重唱"Perchè Mai Nel Sen”の前半部が輪唱になっています。

最後の特徴4の古典派オペラやイタリア・オペラに定型的に使われる手法を利用している点については、随所にみかけることができます。


Part 4に続きます


Too many notes! ウィーン古典派オペラ考 Part 2

マルティン・イ・ソレール(1754 – 1806)
スペインのバレンシア生まれ。イタリアに留学し、主に舞台音楽(歌劇やバレエ音楽)を作曲しました。1785年にはウィーンに移り、ダ・ポンテの台本に作曲した以下の3つの作品
椿事(ちんじ)Una cosa rara(ウナ・コーサ・ララ)(1786)
ぶっきらぼうな善人 Il burbero di buon cuore (1786)
ディアナの樹 L'arbore di Diana (1787)
がウィーンで大成功を収め、一躍国際的にも有名となりました。
1788年にロシア宮廷に招かれ、そこで作曲活動を続けましたが、1806年にサンクトペテルブルグで死去しました。

ウィーン時代(1785-1788)が彼の作曲家としてのピークであり、それはまた、モーツァルトのオペラ作曲家としてのピークとも重なります。

椿事 Una cosa rara(ウナ・コーサ・ララ
【成立事情】
2幕の作品。デ・ゲバラの戯作をもとにダ・ポンテが台本を作成し、17861117日にブルク劇場で初演されました。同年51日に初演されたモーツァルトの「フィガロの結婚」は10回に至らずに取りやめになりましたが、この作品は熱狂的に受け入れられ、連日満員だったようです。
初演の際にヨーゼフ2世は、フィナーレに近い曲であるデュエット"Pace, Caro Mio Sposo”のアンコールを所望し、その後しばらくは、街中でこの曲を口ずさむ人が現れたり、登場人物の服装がファッションとして流行したりしました。

あらすじを一言で言えば、いかのようになります:
15世紀スペイン。スペインの王子ドン・ジョヴァンニが貞淑な女性リラを誘惑しようとする。リラはルビーノと婚約しているため拒絶する。女王(ドン・ジョヴァンニの母)が事情を知り、リラは愛するルビーノと結婚できた。

ここで、ドン・ジョヴァンニは、モーツァルトのドン・ジョヴァンニと同一人物ではありませんが、いわゆる「ドン・ファン」伝説という点では、共通する戯作の特徴的なキャラクターなのでしょう。

この作品が人気になったことは、モーツァルトも認めていまして、モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」では第二幕のフィナーレの直前に、ドン・ジョヴァンニとレポレッロが晩餐会の準備をしている場面に、このUna cosa raraが登場します。

楽師たちは、3つの曲を演奏します。その最初に出てくるのが、ソレールのオペラ「椿事 Una cosa rara」の第1幕のフィナーレ“O Quanto Un Si Bel Giubilo”です。メロディーが聴こえ始めますと、レポレッロが「cosa rara」と曲名を示しています。

聴衆の記憶にあることを前提に、この作品を引用していることになります。Una cosa raraの楽譜を見たのか、モーツァルトの天才的な聴音の才能であったのかは不明ですが、小アンサンブルに編曲はされているものの、原曲がかなり長い小節にわたって再現されています。



Part 3では、この作品の音楽上の特徴を探っていきます。

Too many notes! ウィーン古典派オペラ考 Part 1

「音符が多すぎる。(Too many notes!)。人間の耳が一晩に聴ける量は限られている

これは、映画「アマデウス」の中で、オペラ「後宮からの誘拐」の公演後の感想として、ヨーゼフ2世がモーツァルトに対して語った言葉です。映画の通りではないかも知れませんが、「後宮からの誘拐」に関連して、「音符が多すぎる」と発言したことをヨーゼフ2世の伝記作家が確認しています。さらには「モーツァルトの音楽は、歌手が歌うには難しすぎる」とも発言しています。

これが、批判であったのか、それともモーツァルトへの助言であったのかについては、検討する必要があります。ヨーゼフ2世が望んでいたドイツ語のオペラであったことや、その後もモーツァルトを庇護し続けたことからすると、モーツァルトの音楽を完全否定したものではないことは確かです。

音楽論として重要なことは、批判であれ助言であれ、モーツァルトの音楽が、当時の音楽の主流とは異なっており、どちらかといえば「難解」と受け止められていたことです。

ここまでは、モーツァルトの解説で一般に言われていることです。NHK BSプレミアムのプロファイル番組でも同様に解説されていました。

しかし、これらの論法は、事象の片面しか捉えていません。
つまり、当時に評価の高かった“主流”の作品がどのようなもので、なぜ、それらの人気が高かったのか?という問題です。

モーツァルトの作品だけでなく、当時人気のあった作曲家の作品を比較しないと、
Too many notes!の実質的な解明には至りません。

それでは何を調べたら良いかということになりますが、ちょうど良い作品があります。

それは、モーツァルトの「フィガロの結婚」の初演が思ったほどうまくいかなかったその後で、同じブルク劇場で上演されたマルティン・イ・ソレール(1754 – 1806)のオペラ「椿事Una cosa rara(ウナ・コーサ・ララ)」です。


Part 2では、マルティン・イ・ソレールという作曲家と、このオペラ作品Una cosa raraの成立について解説します。

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