1年半ほど前になりますが、酒井抱一の夏秋草図屏風について分析しました。
まず
酒井抱一 夏秋草図屏風 その1
では、描かれている夏草や秋草について分析し、さらに、夏秋に共通に描かれているススキには季節の違いがしっかり描かれていることを明らかにしました。
酒井抱一 夏秋草図屏風 その2
では、夏草(右隻)のススキと水たまりの分析を行いました。
酒井抱一 夏秋草図屏風 その3
では、秋草(左隻)の風が支配する躍動の世界について分析しました。
酒井抱一 夏秋草図屏風 その4 円環
では、左隻と右隻をつなぐ大きな円環構造を明らかにし、
左隻(秋草)が密度の低い空気による数秒間の時間を描いているのに対し、
右隻(夏草)では、密度の高い液体(水)による1時間程度の時間を描いていることで、夏と秋とが対比的でありながらスムーズに楕円環をドライブしていることを示しました。
酒井抱一 夏秋草図屏風 その5 すすき
では、それまでに分析で明らかになった、酒井抱一の夏秋草図屏風の特性が、この作品に固有のものであることを、同じススキを題材にした、大正昭和期の木島桜谷の屏風絵「薄」と比較することで明らかにしました。
そして、酒井抱一の夏秋草図屏風には、ある構造が潜んでいることを暗示したままにしておきました。
今回は、その構造が何であるかを明らかにします。
出発点は、第4回の円環構造です。
この楕円は、夏秋草図屏風の基本構造で、動的にも静的にも意味のあるものです。
この楕円の大きさを、黄金比[1 : (1 + SQRT(5))/2]およそ1 : 1.618..の割合で、縮小していきます(つまり、もとの楕円の長径と短径をそれぞれ1/6.18..にする)。この操作を何回か繰り返しますと、同じ割合で縮小する複数の楕円が作られます。
それを構図のいろいろな所にフィットさせて行きます。
そうすると、以下のようになります。
ススキの茎や葉、オミナエシの茎などがこの黄金比で縮小した楕円に見事にフィットしていくことがわかります。フィットさせていないススキの葉も、いずれかの楕円にフィットさせることができます。
このことが意味していることは:
「夏秋草図屏風」には、黄金比で順次縮小されていく楕円の基本構造がある
ということになります。
黄金比は平方根で表現される比ですから、そんな数学的に難しい比を江戸時代の画家が使うはずがないという反論があると思いますが、黄金比は最も美的に考えられる比として、古代ローマやギリシャの彫刻をはじめとして、多くの美術作品に認められる比です。
また、大局構造、様々な中間構造、さらには微細構造の隣接する階層の比が黄金比の一定の比で構成されていることは、画面全体と各階層における部分とが自己相似になったフラクタル構造であることを示しています。
つまり、「夏秋草図屏風」には、明確なフラクタル構造があるのです。
自然界にもたくさんのフラクタル構造があります。中でも、シダ植物の葉が典型的ですし、最近では、カリフラワーの一種、ロマネスコが自己相似の典型的な構造をしています。
フラクタルの概念は、江戸時代にはまだ生まれていなかったのですが、全体構造からはじめて、一定の割合で縮小した部分構造を順次構築し、微細構造にまで至るというデザインセンスがあれば、自然にフラクタル構造が形成されていきます。
ただ、ここでは、黄金比で順次縮小した楕円が「夏秋草図屏風」の構図にあてはまることを示したものであり、
他の比(例えば、白銀比(1:SQRT(2)) )の比率や他の任意の比率でもあてはまる可能性を排除するものではありません。楕円は局所的な曲率が順次変化しますので、構図に当てはめやすいという問題があります。
さらに検討する必要があります。
少なくとも、この分析で言えることは、
- 酒井抱一の「夏秋草図屏風」は、全体構造から微細構造まで何段階かの階層があり、隣り合う階層の基本となる楕円は、正確に黄金比であるかどうかは別として、一定の比率で縮小されていること。
- そのような階層的構造は、日本画に普遍的に存在するとは限らず、例えば、木島桜谷の屏風絵「薄」にはそのような構造がない(別のルールによる階層構造が存在する可能性はある)
酒井抱一の「夏秋草図屏風」の構図にバランスの良さを感じ、精緻さも感じられるのには、このような階層的基本構造があることが大きいと思います。
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