2013年12月21日土曜日

サン=サーンス:交響曲第3番の循環主題

サン=サーンスの交響曲第3番の循環主題は、グレゴリオ聖歌の怒りの日Dies iraeに基づくものと言われることがあります。

確かに、先頭の5音はグレゴリオ聖歌と一致しているように見えます(図の水色の範囲)。

図 交響曲第3番の循環主題とDies iraeの関係?
この図を少し説明しておく必要があります。
Aは、グレゴリオ聖歌を現代譜に直したDies iraeです。冒頭部分だけを示してあります。
Bは、1878年にサン=サーンスが作曲したレクイエム作品54Dies iraeの部分です。実際にはソプラノ、アルト、テノール、バスの4声のソリがユニゾン(男声は1オクターブ下)で歌い、それに、SATBの合唱が同じくユニゾンで追いかけてこたえるという形式をとっています。リズムの変形はありますが、グレゴリオ聖歌と4音は全く一致しています。
Cはサン=サーンスの交響曲第3番の循環主題として推定されるテーマです。実際には、16分音符の刻みで1音ずれて表記されていますので、楽譜にはこのようには書かれていません(ですから、仮想的な旋律です)。
Dについては後ほど

Dies iraeはロマン派以降の音楽に引用されることが多い旋律です。その引用のされかたは、大きく2つあります
1.       かなり長い(多い)旋律を引用するもの:ベルリオーズの「幻想交響曲」やリストの「死の舞踏」がこれに相当します。
2.       短い旋律の引用:作曲家自らが引用していると述べているのですが、ラフマニノフの作品では4音だけが一致するものがかなりあります。

仮に、サン=サーンスの交響曲第3番の循環主題がDies iraeからの引用だとすると、上の類型では2にあたります。5音は一致していますが、最後の5音目は偶然の一致とも考えられ、確実なのは4音でしょう。それでも、「ラフマニノフ」基準からすると、引用と言って問題ないように思います。少なくとも形態としては!

ところで、この移動ドで言えば「ドシドラ」の旋律があれば、そのことだけをもって「Dies iraeからの引用」と断定して良いのでしょうか?旋律の流れによっては、Dies iraeを作曲家が意識していないのに「ドシドラの旋律」が含まれてしまう可能性がけっこう高いように思います。「ドシドラ」はごく一般的な旋律の流れですから。意図的な引用と偶然の一致はどのように見分ければ良いのでしょうか?作曲家自身が引用したと明言しておれば、それは意図的な引用なのでしょう。しかし、そのような資料がない場合には、どうやって判断すれば良いのでしょうか?また、作曲家自身が引用したと明言していたとしても、その作品中に現れる「ドシドラ」の中には、たまたま一致した旋律で、その部分は作曲者も引用とは意識していない部分があるかもしれません。

翻って、最初の引用の2類型に戻ってみましょう。1のように長い旋律が引用されている場合には、必ずその引用には、音楽作品の中で果たす「機能」(意義)が存在するはずです。別にDies iraeに限ることではありません。他の作品の旋律を引用することは、引用元の作品が持つ何らかの意味を、引用した作品にも加えることになります。つまり、引用にはかならず「機能」があるはずで、その「機能」を理解できなければ、それは「引用ではない」か、あるいは作曲者は意図的に引用したとしても「意味のない引用」でしかありません。
つまり、引用は「形態」だけでなく「機能」を分析してこそ意味のあることなのです。

サン=サーンスの循環主題がDies iraeからの引用なのかという点については、形態的には、「ラフマニノフ」判定基準を使えば、「引用」の候補であるとは言えます。しかし、それがどのような機能を果たしているかがわからなければ、真の「引用」と実証できたことにはなりません。

先の投稿に書きましたように、この作品はフランツ・リストの死より前に作曲されていますので、「フランツ・リストの死を悼むレクイエム」という意義付けはできません。この作品全体に宗教音楽としての要素が多数織り込まれていることは疑いがありません。しかしだからといって、この循環主題の先頭部がDies iraeであることの「機能」の証明にはなりません。

私には、この主題の「引用元」を探ることよりも、むしろ、循環主題の変容の様子を分析するほうが、この作品の理解を深めるのにはるかに重要なもののように感じます。この作品自体の読み込みという意味だけでなく、フランツ・リストの循環主題の手法を、サン=サーンスがどのように深化していったか?さらに、のちのフランス近代音楽に繋がるものはないのか?の点でも重要な分析となると思います。

ところで、形態だけなら、もっと有力な引用元があります。図のDに示した有名なアルカデルトのアヴェ・マリアです。ちょっとした音階の違い(半音のずれ;Dのピンク)と経過音を無視すると(こんなことは別に変ではありません。実例が多数あります)、なんと、アルカデルトのアヴェ・マリアとは、10音が一致しています(赤で示した範囲)。形態だけで言えば、アルカデルトのアヴェ・マリアのほうが引用元としてより有力だと言えるのではないでしょうか!!

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