8月30日(日曜日)に、豊中市の大阪大学会館(旧:イ号館)で興味深い演奏会がありました。
J.S.バッハが晩年、当時のオルガン製作者として有名であったジルバーマンが試作したフォルテピアノを試奏したことはよく知られています。
このコンサートの演奏家は、そこからさらに想像を発展させて、ジルバーマンのフォルテピアノの改良に積極的に関わりあったと考え、バッハの晩年の鍵盤作品、とりわけパルティータは、フォルテピアノでの演奏を前提に作曲されたと主張されています。
そのあたりの資料が乏しく、ジルバーマンのフォルテピアノの完成年とパルティータの完成時期の関係も微妙なもので、なんとも言いがたいのですが、とても興味深い視点だと思います。
このことを実証するため、演奏家は、1728年クリスティアン・ツェル製作のチェンバロのレプリカ(1993年)と、1747年ゴットフリート・ジルバーマン製作のフォルテピアノのレプリカ(2007年)の両方を使って演奏してくださいました。
ツェルのチェンバロは、通常の2段鍵盤の他に足鍵盤も持ち、足鍵盤のための弦が下に張ってあるという特徴的な構造をしていました。カプラーを介して上鍵盤から下の弦を演奏できるようになっており、実際の演奏は上鍵盤を介して行われたように思います。
一方、ジルバーマンピアノについては、深町さんという製作者が復元され、さらに演奏家が手を加えておられるとのことで、浜松の楽器博物館にあるクリストフォーリの最初のフォルテピアノの復元楽器とは違った音色で、どちらかというと、モーツァルトが使ったヴァルターピアノに近いがそれとも違う音色のように感じました。
演奏家によると、ジルバーマン・ピアノは、「チェンバロ、クラヴィコード、フォルテピアノの3つの特質を備えた楽器」であり、パルティータを演奏するのにふさわしいものとのことです。
このうちクラヴィコードについては、小型で家庭用として適しており、J.S.バッハやC.P.E.バッハが愛用し、さらにはモーツァルトも使っていたが、音量が小さいため、アンサンブル楽器にはあまり向かないように思っていましたので、チェンバロとフォルテピアノと同じレベルで見るという演奏家の視点は新鮮で参考になりました。
ジルバーマンピアノについての印象はクリストフォーリピアノよりも澄み切った音に感じました。しかし、この点については、ハンマーが一直線並んではおらず、演奏家が長さを1音、1音調整し、それぞれの弦の最適な打点を調整しておられるようなので、それぞれの弦が伸びやかに耳障りな高調波を発生せずに振動していることによることの寄与が大きいものと思われます。ジルバーマンの現存するフォルテピアノ自体がそのようなハンマー位置であれば、その当時の音色を再現したものとなるでしょうが、そうでないのであれば、その点については注意して考えなければならないと思います(もちろん、演奏する楽器としての完成度は、ハンマー位置を微調整するほうが高くなることでしょう)。
パルティータがジルバーマンピアノのために作曲されたという演奏家のお考えについては、どういう点でそう言えるのかというのがあまり良くわかりませんでした。おそらく、「特定の旋律や進行がフォルテピアノでないと良くない」というお考えがあるのだと思います。
もう一つ感じましたのは、演奏家の時間感覚というかテンポのゆらぎが独特で、それになれるまで、少し聴きこまないといけないという点でした。パルティータはあまり詳しく聴いたことがありませんのでなんとなく感じていましたが、アンコールの最後の曲、ゴールドベルク変奏曲の第1曲を聴いて、まずこの演奏家のテンポ感覚になれることが必要と明らかに感じました。
晩年の鍵盤作品にフォルテピアノを想定するという考え方は重要で、よく検討しなければならないと思います。その一方で、J.S.バッハの晩年の作品では、作品の“抽象化”が進んでいる(フーガの技法や音楽の捧げものなど)ことも視野にいれる必要があります。
演奏は素晴らしいもので、いろいろ勉強になるものでした。
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