2017年11月6日月曜日

第69回正倉院展 玉尺八 樺纏尺八 試演の謎

先日、第69回正倉院展の観覧の感想を書きました。その中で、展示されていた2管の尺八について紹介しました。
一つは大理石製の玉尺八(ぎょくのしゃくはち)、もう一つはマダケ製の樺纏尺八(かばまきのしゃくはち)です。
会場には、この2管の尺八を昭和20年代に試演し、西洋音階を吹いた音が流れています。本日、再度観覧して、腑に落ちないことがありました。
玉尺八は、最低音がCis(ド♯;嬰ハ)で、割りときれいな西洋音階になっています。
一方、樺纏尺八は、玉尺八よりも五度高いGis (ソ♯;嬰ト)から始まります。こちらの音階は、西洋音階としてはかなりずれています。

音楽に詳しいかたなら、この玉尺八と樺纏尺八の長さがどのようになるか容易に想像できるはずです。明らかに玉尺八のほうが樺纏尺八よりも長いはずです。
ところが会場で見比べると、長さにほとんど違いはありません。むしろ、玉尺八のほうが短いのではないかという感じさえします。

そこで、寸法に関して調べたところ
玉尺八:34.4 c
樺纏尺八:38.5 cm
と、樺纏尺八のほうが長いのでした。

全ての孔を塞いだ(つまり最低音)音の高さは、樺纏尺八のほうが低いはずです。それから、34.4 cmと38.5 cmで五度の関係になることも有りえません。

管楽器の音の高さは、管の中に形成される気柱の長さで決まります(基本振動は)。厳密に言えば、開口補正といって、開口部の内径の太さによる補正が加わりますが、玉尺八と樺纏尺八は、管の太さはほぼ同じなので、その影響はここでは無視できます。

そして、玉尺八の最低音がCis(ド♯;嬰ハ)であったというのは、全ての孔を塞いだ状態の34.4 cmの気柱の基本振動から予想される周波数からすると妥当なことです。

となると、樺纏尺八のほうに、何らかの説明されていない要素があることになります。
もっとも考えられることは、最低音は、樺纏尺八の場合、全ての孔を塞いではおらず、いくつかを開けた状態から音階を演奏しているというものです。ただ、これでは、ほぼ1オクターブの音階を出せたことが説明できません。なぜなら、玉尺八では1オクターブ高い音が出せていないからです。

もう一つ考えられるのは、演奏している楽器が展示されている樺纏尺八とは違って、もう少し小さな尺八だったのではないかということです。ただ、演奏者の芝さんは樺纏尺八と明確に語っておられます。

録音の問題も考慮する必要があります。この試演を録音したのは、1948年と49年とされています。
そうなると、どのような録音機器で収録したかが問題となります。
1948年、49年というのは、テープレコーダの歴史にとっては、とても微妙な時です。この時期には、日本製のテープレコーダはまだ出現していませんでした。現在のソニーが日本初のテープレコーダを発売したのは1950年です。
ですから、もし、尺八の試演をテープレコーダで収録していたのであれば、アンペックスのような海外製品しか考えられません。しかも、オープンリールの磁気録音テープを3M(スリーエム)が発売したのは1947年です。そういう最先端の高額な機器を使って録音できたのでしょうか。
もう一つの選択肢として、レコードに直接カッテングする円盤録音機で収録したことが考えられます。

正倉院展の会場の解説では、前述のように、それぞれ別の時期に録音したとのこと。ところが、よく聴くと、演奏の前に何の楽器かを述べる部分があるのですが、2管の収録条件や、芝さんの声の状態が、異なる2つの時点のものとは考えにくいほどよく似ているのです。

2つの楽器の音の高さの問題といい、録音機が何であったかの問題といい、さらには本当に別々の機会に録音したのかという点といい、楽しい知的推理となりました。

現在ならば、実物を使わずに、模造したものを演奏すれば、これらの問題は一気に解決しますし、このミニサイズの尺八(を模したもの)が現代の演奏に使われるとさらに良いと思います。



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